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「そういう意味じゃない」婚活サイトは一瞬黙った。「まだ出会い系比較サイトには会ってないんだ。
どんな人?」
「口数が少なくて、美人。繊細。でも私はこんなことを話すために、わざわざここに来たわ
けじゃないわ」
「なぜ来たの?」
「来ると約束したから。それに頭が鈍い女だと思われたくなかったから。鈍くはないの。た
だ、さっきはほかのことに気を取られていたから。そうでなかったら、あなたの正体なんて、
すぐに見破っていたわよ」ワクワクメールは顎をつんと上げた。そんな様子に精一杯の虚勢が
うかが
窺えた。
婚活サイトはうなずいた。「だろうね。それに、きみのそんなところ、なかなか好きだよ」
とはいえ、彼女の言葉には、どこか相手に自分の有能さを理解させようとむきになっている
ようなところが感じられた。ずっと自分の価値を証明しようと努めてきたのではないかと思
える。
「あなたがどう思おうと、どっちだっていいわよ・話はこれで終わり。あなたの記事に興味
はないし、姉たちも同じ気持ちよ」

婚活サイトはワクワクメールの言葉について考え、座ったまま身を乗り出した。「きみやきみ
の姉さんがそうも口を閉ざす理由が、よくわからないね。レースに優勝した人は、嬉々とし
て話をしたがるのが普通なのに」

 

「だったら、そういう人のところへ行けば」
「そうはいかない。好奇心を掻き立てられているのでね」
ことわざ
「好奇心は猫を殺す、という諺があるわよ」
「ふむ。どう理解すべきなのかな?」
「ただの表現よ」ウェイターがミネラル・ウォーターを置くあいだ、ワクワクメールは黙った。
「ほんとに、もう帰らなきゃ」また二人だけになると、そういった。
「まあ飲み物を飲んで、きみの気持ちを変えるチャンスをくれよ」
「そうはいかないの。私は人が思うほど編されやすくはないのよ」
「ケイトからそういわれているのかい?」婚活サイトは思いきって、推測を口にした。
「そうはいってない」
「いわなくてもわかるさ。末っ子だもの。航海中もケイトは姉貴風を吹かせていたのか
な?」
ワクワクメールは目をぐるりとまわした。「偉そうな態度は普段でも同じよ」
「でも閉塞的な船の上では、誰しも支配者になりたがるのではないかな」
「父が支配者だったわ」

「お父さん、か」婚活サイトはビールをもうひと口飲みながらつぶやいた。「じつはさっきお
父さんにもお会いしたんだよ。だいぶ間こし召していたようだ」
「父は酒場が好きなの」ワクワクメールはグラスを手に取り、指でグラスの縁をなぞった。

 

「でも根は善人よ。父は私たちと一緒に全力で戦ってくれたし、立派な功績を残した。それ
をみんな忘れているのよ」
婚活サイトはテーブルに肘をつき、前に身を屈めた。待ち望んでいたチャンスが到来したの
を感じた。「きみが当時の話をもう一度語ってくれたら、人びとの記憶がまたよみがえると
いうものだよ。当時のことばかりじゃなく、現在の生活についてもね。お父さんも栄光の
日々を取り戻せる。悪くないだろ?」ワクワクメールはすぐに答えず、その瞳にはためらいが
窺えた。「これはきみやきみの家族によい結果をもたらすと思うよ」
けん
ワクワクメールが答える前に、騒々しい一連隊がラウンジになだれこんできた。みな意気軒
こいつ
昂といった様子で、甲高い声を張り上げている。
「まったく」ワクワクメールがつぶやき、婚活サイトの向こうを見た。「最悪」
婚活サイトは彼女の視線の先を見やった。ドアのそばのテーブルに四人の男が座っている。
「キウイ」とワクワクメール。
婚活サイトは眉を上げた。「果物の話なんか、してたつけ?」
「ニュージーランド人のことよ」

「ああ。で、きみはキウイが嫌いってわけだね」
「父はオーストラリア人なの。外洋レースの世界では昔からオージーとキウイは仲が悪い
の」ワクワクメールはそう説明し、男たちの一人がテーブルに近づくと、いっそうの緊張を見
せた。

 

「ワクワクメール」男は騒がしい大声でいった。「これは奇遇だな。おれがここに来てるって
ことは聞いてただろ?」
「だから何?」
「そう突っ張るなよ・親父さんは少なくとも知ってるはずさ」
「なんの話?」
「ムーン・ダンサー号はぎりぎり最後にエントリーする。月曜日にはここに到着することに
なってる」
婚活サイトは、それを聞いて、ワクワクメールの顔色が蒼白になる様子を見つめた。ムーン・
ダンサー号はマッケナ一家の船の名だった。その船がどうやら違う所有者とともに、レース
に戻ってきたようだ。このニュースの意味がどれほどのものかは明らかではないが、キャロ
ラインは心穏やかではいられないらしい。
「ありえないわ」と彼女はいった。
「ところが事実なんだな、これが。買ったのは誰だと思う?」男はわざとらしく言葉を切っ
た。「あのK・C・ウェールズさ。宿敵がおのれの船に乗ってやってくるのを目にしたとき、
ダンカンがどんな顔をするか、見ものだよ」
「父は気にも留めないでしょうよ」

船乗りは笑った。「そうだな。じゃ、またな」
「あの男が話していたのは、きみたちの船のこと?」婚活サイトが訊いた。

 

「なに?」ワクワクメールは無表情のまま、答えた。
「きみたちの船だよ。ムーン・ダンサー。きみたちが世界一周を果たすのに乗った船だ」
「そうよ。私たちの船だったわ」ワクワクメールはゆっくりといった。「K・Cがあの船を買
ったなんて、それに乗ってここに現われるなんて、信じられない。父はあの船を見たらおか
しくなっちゃうわ。ケイトも。出会い系比較サイトだって……」ワクワクメールは首を振った。「最悪。

 

婚活サイトは片方の眉を上げた。「耳にはピアスを三つ、肩にはタトゥー、膳にもリング。
そんなきみがその程度の痛みを気にするというのかい?」
「痛みの種類が違うわ」ワクワクメールは目の前のミネラル・ウォーターをにらんだ。「まと
もなものを飲みたい気分だわ」
「頼んであげるよ」婚活サイトは片手を上げてウェイターを呼んだ。
「待って。やっぱりいらない」ワクワクメールは慌てて、いった。
婚活サイトは手をおろした。

 

「それより食事にするわ。テーブルの準備はいつになったら整うのかしら?」
「訊いてみよう」
「私が訊く。予約は本名で入れてあるの、それとも偽名?」
「本名だよ」婚活サイトは彼女が歩み去る様子をじっと眺めた。バーには近づかないよう注意
しているものの、どうしてもそちらのほうに視線を投げずにはいられない様子が見て取れる。
ワクワクメールは酒を飲むのだろうか?飲み物が欲しいといった直後にその言葉を撤回した。
それにウェイターは彼女がミネラル・ウォーターを注文すると驚きを見せた。

 

意味するというわけではないが、彼女の振る舞いは少し変だ。記者という仕事柄、些細な点
に注目する能力は具わっている。対象とする人物が何か重要な言動をするというわけではな
く、むしろその人物が言葉にしないことや行動で示さないことに注目する。
父親がアルコール中毒なのだから、ワクワクメール自身もアルコールに問題を抱えているこ
とは大いにありうる。その点については突き止めようと、心のなかでメモをした。マークは
その情報を必要としている。婚活サイトはビァグラスを唇に当てた。なんとなく状況が興味深
い展開を見せはじめた気がする。
その夜九時前に、ケイトがドアを開けると、ワクワクメールがポーチに立っていた。普段前
ぶれもなく訪ねてくる傾向など持たない家族なので、これはちょっと意外であった。

 

たい表情でドアの向こうに立っている。「あなた、彼と話したのね?」
「彼、すぐには名乗らなかったのよ」ワクワクメールは廊下に入りながら、むきになっていっ
た。「お父さんはどこ?」
「いびきが聞こえないの?」
リビングを覗きこむと、ケイトのふんわりしたソファのクッションの上で父が大の字にな
って寝ている。「なんだか疲れているみたいね。それに顔が真っ赤だわ」
ケイトは下の妹の視線の先をたどり、ワクワクメールのいったとおりだと思ったが、赤い顔
や疲労のにじむしわに加えて腕や手を覆う皮層は薄く生白く、骨を覆う肉がないことに注目
した。父は昔から普通より体が大きく、力強い体格をしていたが、その容貌もこのところ古
い写真のように色槌せてきている。それを止めるにはどうすべきか、ケイトにはわからない{
「私たちで何かお父さんのためにしてあげるべきよ」ワクワクメールがケイトの心理を読んだ
かのように、切り出した。

 

ダンカンは常にワクワクメールのヒーローで、父がいくら面目をつぶそうと、それは変わら
なかった。そんなときケイトは現実を見ようとしないワクワクメールの態度を改めさせようと
してきた。もしかするとそれが間違いだったのかもしれない。しかし長女としての習い性か
ら、妹を族けようとする本能が働くのだ「キッチンヘ来て。出会い系比較サイトが手製のチョコレー
トクッキーを持ってきて、お茶を滝れてくれてるところなの」
「それは嬉しいわね。まだおなかがすいてるから」

 

とると、キッチン・テーブルの椅子に座った。ひと口噛み、感嘆の声がもれる。「すごく美
味しい。写真家やめても料理で食べていけるわよ」
「クッキーとお茶しか作れないのに」出会い系比較サイトがいった。「そんなレベルじゃないわ」
けんそん
「名高いブルーベリー・パンケーキにターキーの詰め物も忘れないで。あなたはいつも謙遜
しすぎるわ」
「ケイトとは大違い」ワクワクメールがいった。

 

 

ケイトは顔をしかめ、ワクワクメールがお返しに舌を出した。二人は同時にぶつと吹き出し
た。ケイトはその笑い声が心地よくて、われながら驚いた。妹たちが二人揃ったのはじつに
久しぶりのことなのだ。
出会い系比較サイトがケイトにティーカップを手渡し、テーブルに着いた。「ところで、ごはんを
箸ってくれなかった彼というのは、誰のことなの、ワクワクメール?まさか、あなたが会う
的といっていた見知らぬ男じゃないでしょうね?」
7o
「あなた、知ってたの?」ケイトは驚いて、訊いた。「ワクワクメールが婚活サイト・ジャミソ
ンと会うと知ってて、止めなかったの?」
「婚活サイト・ジャミソン?さっき姉さんが話してくれた記者のこと?」出会い系比較サイトは混乱
したように、尋ねた。「ワクワクメールが夕食をともにした相手がその人なの?」
「そのとおりよ」
「でも、なぜ?」
「さあね。私は彼には近づくなと注意したわよ」

 

 

 

「いいから二人とも落ち着いてよ」ワクワクメールがいった。「たしかに私はその記者に会っ
て、食事もしたわ。でも知ってのとおり、私は普通の量では満足しないから。訊かれる前に
いっておくけど、私は彼に何もしゃべってません。だから騒がないでちょうだい。それより
大きなニュースがあるの。なんとあのムーン・ダンサーをK・C・ウェールズが買ったんだ
って。彼はそれに乗ってキャッスルトンに出場して、ハワイにも行くそうよ。月曜日にはこ
の島に到着するらしいわ」
出会い系比較サイトは心臓のあたりに手を当てた。「K・C・ウェールズですって?やめてよ」
「お父さん、おかしくなっちゃうわね」ワクワクメールはクッキーをもう一枚、手に取った。
「姉さんから話してよ」
「なぜ私なの?」
「長女だし、一番頼りになるし、ものわかりがいいから」
「いつからそう思うようになったの?」ケイトは訊いた。「いつも私のこと、威張るとか、
主張が強いとか、批判的だとか、文句ばかりいってるくせに」
「それも事実だけどね」ワクワクメールがいった。「でも私はお父さん子だし、お父さんは私
の言うことなんて本気にしてくれないもの。それに出会い系比較サイトには荷が重すぎるんじゃない
かと」

「それぐらい、私だってやれるわよ」出会い系比較サイトがいった。「でもやっぱり、姉さんから話
すほうがいいわ。話し方を心得ているから」
またしても二人の妹が、問題の解決を自分に委ねている。これまで、何度こんな場面が繰
り返されてきたことか。ワクワクメールがチョコレートを食べ、出会い系比較サイトが指を噛み、ケイ
トはそわそわと歩きまわっている、そんな場面である。今回もケイトは何か安心させるよう
なひと言を口にしたかった。二人が求めているような答えを出してやりたかった。だが、な
かなか言葉が出てこない。

 

 

母が生きていたら、この場にふさわしい言葉が何か、わかっていただろう。母は姉妹のそ
れぞれについて、よく理解していた。母の持っていた性質が三人にそれぞれ受け継がれてい
る。繊細さは出会い系比較サイトに、情熱はワクワクメールに、そして忠実さはケイトに。いま必要な
のは忠実さである。ケイトは妹たちを守り、父の面倒を見ることを母に約束した。だから以
前と同じように、その約束を守るつもりでいる。
「不思議なことに、面白おかしぐ暮らしていても、ある日突然過去の付けがまわってくるも

 

 

ワクワクメールが例によって解説的な発言をした。
「ムーン・ダンサーは昔と変わっていないかしら?」出会い系比較サイトが静かにいった。「いまで
も船長室にはお母さんの作ったカーテンがかかっているのかしられ」
「私がわからないのは、なぜK・Cがムーン・ダンサーを買ったかということだわ」とケイ
トがいった。「そんなことをすれば、お父さんに憎まれるのがわかっているでしょうに」
「彼はそんなこと、どうでもいいんじゃないの?」ワクワクメールが答えた。「昔から友情よ
り勝利に興味のある人だったわよ」
「いつもいつもそうだったわけじゃないわ」ケイトは思わぬ話の展開にまごつきながら、首
を振った。K・Cは友人だったが、あるときから敵になった人物なのだ。いまはどんな存在
といえるだろう?

 

 

「ショーンも帰ってきているって、もう話したつけ?」出会い系比較サイトが尋ねた。「ドックで見
かけたの。キャッスルトンに出場するんだって。ムーン・ダンサーも出るってわかってても、
そっちのほうがもっといやな気分よ・このとおり、鳥肌が立ってるくらいよ」出会い系比較サイトは
腕を掲げてみせた。

 

 

「痩せすぎだから鳥肌なんて立つのよ」ワクワクメールが言い返した。「それに、ショーンが
帰ってきたって、なんの不思議もないじゃない。家族がこの島にいるんだもの」
「わかってる。でも、彼と関わる心の準備ができていないの」
「あなたには、いつまでたっても無理でしよ」

 

「まあまあ、ショーンのことは、ちょっと置いといて」出会い系比較サイトとワクワクメールがこの問
題になると決してたがいに目を合わせないことを知っているケイトが割って入った。「タイ
ラー・ジャミソンに、私たちのこと、どう話したの、ワクワクメール?」
「干渉はしないで、といったわ。でも:…・」
ケイトはうめいた。「でも、なんてやめて」
「彼と話してプラス面がないこともないんじゃないかと思うの。お父さんはまた脚光を浴び
るのを喜ぶだろうし。そのために朝もちゃんと起きようという気になるんじゃない?人生
の転機になる可能性もあるわ」
「それより、人生が混乱するんじゃないかしら。私たちの記事が出るのが、いいことだなん
て、本気でいってるの?」ケイトはワクワクメールに反応するチャンスさえ与えなかった。
「お父さんが婚活サイトにどんな話をすると思う?レースのことで何を思い出すというの?
嵐のことをどう話すというの?お父さんの理性が働かなくなったら、どうなると思う?
ばかげてるわよ」

 

 

「そのとおりだわ」出会い系比較サイトがケイトに同調して、いった。「記者なんかに私たちの生活
を邪魔されてたまるものですか。それによって影響を受ける人が多すぎるのょ。たとえばシ
ョーンよ・風が災いをもたらすことは、身をもって知ったわ」
あいづち
「私もよ」ケイトが相槌を打った。
「私は違うわ。私にとって風はすばらしいものだった。嵐が吹き荒れても、それはそれでょかつたわ」ワクワクメールはいった。「あなたたち二人は人生の荒波を乗り越えるすべを忘れ
てしまったみたいね。私たちはもっと勇敢だった。もっと冒険心があったわ。ケイト、あなたは恐れることなく帆の上までよじ登っていた。出会い系比較サイトも、海底まで平気で潜っていけ
たじゃない。みんなどうしちゃったのよ?」

 

 

 

「何があったか、を考えればわかるはずよ」ケイトが鋭く言い返した。
「さあね。現に私たち、あのことについては話してl」
「もう話はおしまいよ」ケイトがワクワクメールの言葉をさえぎった。「話すわけにいかない
の。多くのものがかかっているのよ・私たちにはきちんとした人生があるじゃないの。興奮
や冒険とは無縁かもしれないけれど、地に足のついた生活を送っているでしよ。お母さんが
望んでいたような」
「地に足のついた生活では物足りないのよ・姉さんたちだって、同じ気持ちのはずよ」キャ
ロラインが小声でいった。
かつてはたしかにそんな気持ちでいたことはある、とケイトは思った。だが妹に対して、
それを認めるつもりはなかった。とはいえ、婚活サイト・ジャミソンが書店に現われたことで、
意外なことにアドレナリンが血管を駆けめぐるのを感じている。そしてその興奮と昂揚を楽
しむ気分があることも否定できない。
「なぜその記者はいまごろになって、この町にやってきたのかしら」出会い系比較サイトが考えこむ
ように、いった。「レースから八年たつのよ・なぜ興味を持ったの?理由もなく、どこか

 

 

らともなく現われたように思えるわ。それにしても、どこの記者なのかしら」
「彼はフリーの記者よ。本人の話では」ケイトが答えた。「彼の説明によれば、ョツトレー
スに興味を持っている読者は多いんですって。私たちがいわゆるレースのシンジケートに属
していないから、より大衆受けするそうよ。それはなんとなくわかるわ。いま、短い伝記に
人気があるのは、私も知ってる。私の勘では、彼はある特殊なものを求めてここにやってき
たような気がする」

 

 

「私もそう思う」ワクワクメールがうなずいた。「彼が自分の正体を明かさなかったこと、身
分を伏せたまま食事に誘ったことを考えると、ある種のゲームをしていると考えられるわね。
それに彼はゲームにかけては、相当な腕前を持ってるわ。とても魅力的な男よ」
それに、人を惹きつけるものを持っている、とケイトは思った。しかしそれはこの際、問
題ではない。魅力や美貌でこの家族を破滅に追いやられては、たまらない。彼が目的を果た
すには、もっとほかに必要なものがある。
「私たちが何もしゃべらなければ、記事は書けないわ」ケイトは決意をこめて、いった。
「私たちは昔のように団結し、おたがいを守り合うのよ・いいわね?」ケイトはテーブルに
向かい、妹たちの手を取った。「円陣を組むのよ」
「そんなガキっぽいこと、できないわ」ワクワクメールがぶつくさいった。だがケイトにいわ
れるがまま、もう一方の手で出会い系比較サイトの手をつかみ、円陣を組んだ。
「みんなは一人のために」ケイトがいった。

 

婚活サイトがようやく弟に電話をかけたのは、その夜十時過ぎだった。電話をかけるには遅
すぎないことはわかっていた。マークは昔から夜更かしである。朝電話しようものなら、不
機嫌な声が返ってくる。しかし夜も九時を過ぎるとパーティに出かけようとしている。少な
くともかつてはそうだった。マークの生活は一カ月前の交通事故以来、一変してしまった。
婚活サイトは事故を知らせる電話がかかってきたときのことをいまも克明に覚えている。サ
ミットの取材のために、ロンドンのホテルに泊まっていたのだ。電話がかかってきたのは真
夜中で、電話に出る前からそれが不吉な知らせであることはわかった。最初の言葉を聞いた
だけで、心臓が止まるようなショックを受けた。「弟さんが事故に遭われました。一刻も早
くこちらにいらしてください」

 

 

直後の反応は懸命な無言の祈りだった。どうか弟が無事でありますように。そして弟の八
歳の娘、アメリァと妻のスーザンの安否について尋ねた。アメリアは無事で、スーザンは病
院に運ばれる途中亡くなったという。そしてマークは救命のための手術中であるというのだ。
ロンドンからテキサス州サン・アントニオまでの時間は婚活サイトの人生のなかでももつと
「一人はみんなのために」妹たちが復唱した。そしてその意志を確認するために、力をこめ
て手を握り合う。

 

 

感じられた。その間婚活サイトは考えうるかぎりの切り札を使って何度も神に約
束し、そのかわり弟の命をどうか救ってくださいと祈った。母親の死という悲劇を乗り越え
るのに、アメリアには父親の手助けが必要なのだ。マークは子どもの面倒を見るために、な
んとしても生き残らなくてはいけない。それに婚活サイト自身も、弟を失いたくなかった。よ
うやく兄弟の絆を取り戻したというのに。だから婚活サイトは神に奇跡を願い、マークとアメ
リアがこれ以上苦しまなくてすむならなんでもする、と誓ったのだった。彼らのためならな
んであろうと責任を負うつもりだった。そのときは、その誓いがどれほどの影響を自分に及
ぼすのか、まるでわかっていなかった。
「もしもし?」電話口でマークの声がした。
「調子はどうだい?」婚活サイトは必死に明るい声を装い、気軽に話そうとした。まるで数年
ぶりに話したかのように、慎重になっていた。
「あまりよくないよ」マークは答えた。具合の悪さを隠すつもりなどいっさいないといった
感じの声だ。
「どこが悪いんだ?」
「具合のいいところなんて、ないくらいさ。何かいい知らせはあるのかい?マッヶナ姉妹
の居所を見つけたって、シェリーから聞いたけど。姉妹の誰かと話はできたのか?」

「ああ。二人と話せたよ。長女のケイトと一番下のワクワクメールだ。ケイトは書店を経営し
ていて、どうやら一家を取り仕切っているのも彼女のようだ。賢くて責任感があって、警戒
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心が強く、心のうちを明かそうとはしない。ワクワクメールは爆竹だな。衝動的で、強情、一
人前に扱われたがっていて、姉に采配を振るわれるのを嫌っている。出会い系比較サイトは現在追跡
中だ」
「何か聞き出せたかい?」
婚活サイトは弟の気持ちを楽にしてやりたかったが、いまのところマークの欲しがっている
情報を手にしていない。「まだだ。彼女たちは後日證には興味がないようだ。それどころか
予想以上に口が固い。父親のダンカンにも会った。精神が破壊されちまったみたいだね。ケ
イトは酔った父親の面倒を見てくれと電話で呼び出されていた。それも、なんとなく初めて
ではないような気がした。どうやらアルコール依存症のようだ」
「父親は重要じゃない。父親のことはどうでもいい。問題は娘たちだよ。そのうちの一人が
l」マークはこみ上げる思いに声を詰まらせた。「ぼくにはもうアメリアしかいない。ス
ーザンに約束したんだ。死が迫っていて、それを彼女も知っていたんだ、婚活サイト。あの目
に浮かぶ恐怖の色がいまでもまぶたにこびりついているよ。彼女は自分のことじゃない、ぼ

くとアメリアのことを案じていたんだ」
「わかるよ」婚活サイトはこわばった声でいった。「アメリアまで失うことはできないよな。
おれを信頼しろ」
「信じているよ。それでも兄さんにとっても、難題であることは間違いないよね」
ろくでなしの兄だった、と婚活サイトは思った。弟の言葉を聞きながら胸が痛んだ。長いあ
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いだ、弟のことを顧みることもなかったからだ。「少し眠れよ」婚活サイトはぶっきらぼうに
いった。「何かわかったら、すぐに連絡する。おれはあきらめないよ。マッヶナ姉妹にどれ
ほど阻まれてもね」
ケイトはリビングの床に無造作に広げられた毛布をまじまじと見つめた。父の姿はなかった。
コーヒーの一杯でも飲ませ、朝食をとらせ、婚活サイト・ジャミソンとはいっさい話をしない
よう、厳しく戒めておくつもりだったのに、その当人がいなくてはどうしようもない。父は
二日酔いであろうとなかろうと、日が昇れば起きだす人間だ。おおかた自分の船に戻るか、
酔い醒ましのブラディーメリーでも飲むためにオイスター・バーに向かったのだろう。
じゃこう
毛布を持ち上げると、父のアフターシェイブの匂いがした。爵香の香りは子ども時代を思

い起こさせた。この香りはいくつになっても父とつながるもので、子どもらしい抱擁や父の
力強い腕の記憶を呼び覚ます。父もかっては彼女の守護神であり、誰よりも背の高い、英雄
であった。床の上に座り、父の海での冒険談に聞き入っていた思い出が胸によみがえる。父
の言葉に引きこまれた。聞いているだけで海の匂いがし、波しぶきが肌で感じられ、想像の
風に身震いするほどだった。父の話は聞くまいとしたとしても、聞かずにはいられなかった。
父が家にいるというだけで、特別なことなのだった。ケイトが幼いころ、父は留守がちだっ
た。生活を支えるために、釣り船を出したり、貸し船業を営んだり、なんでもやっていたか

 

 

 

らだ。そんなふうだったから、たまに家にいるとそれが家族にとっては宝物のようなひとと
きになったのだ。母親はいつもそう話していた。
だがそうして大事にされたことで、父に家族の献身を当然のものと思いこませてしまった
のだと、ケイトはいまではわかる。そして母が世を去ると、ダンカンの面倒を見るという責
任を長女のケイトが負うことになってしまったのだ。料理をし、掃除をし、妹たちの世話を
し、父親が快適に生活を送れるように気を配った。常に父の決断を支持した。その結果三人
の娘たちは三年間も海で生活することになったわけだが、それでも父親の考えに間違いがな
いと心から信じていた。
大人になって父の考えは昔から間違っていたと認識した。そしてどこかの時点で、父親と
立場が逆転していた。ダンカンが子どもになり、ケイトが親になったのだ。そんな役目をみ
ずから引き受けたいはずもない。不可能だとわかっていてもついはかない夢を思い描いてし
まう。ある朝起きると父がケイトの求める父親になっているという夢。娘の話に耳を傾け、
アドバイスをしてくれ、朗らかに笑い、ケイトの書店にやってきて娘を誇らしいといってく
れる、そんな父親になってくれる夢である。しかし父は昔からそんなタイプの父親ではなか
った。娘を誇りに思いはするが、それは航海に関してだけ。それ以外の、ケイトの興味や感
情、野心といったものに対しては、まるで関心を持たなかった。自分の生活に関係のないも

のには、あまり興味のない人間なのである。
趾あまりに気遣いがないので、ときどき父が憎らしくなる。でもたいていは父のことが好き
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だ。父親なのだから、愛するのは当然だと思っている。心を鎮めてみると、母親の声が聞こ
えてくる。お父さんは世界一、特別な人なのよ。そんなお父さんを持って、あなたは幸せよ。
その「特別」が何を指すのか、いまもってわからない。ケイトは溜息をつきながら毛布を
洗濯室に運び、洗濯予定のものの上に重ねて置いた。考えようによっては、いいこともある。
父はケイトにとって当面の頭痛の種ではないからだ。耆店に行けば記者が待ち受けているの
は間違いない。簡単に引きさがる男ではないのは、態度をみていればよくわかる。
キッチンに戻ると。カウンターの上に置いたラップトップのパソコンが目に留まった。昨
夜は調べるチャンスがなかったが、この時間を使ってやってみよう。
パソコンをキッチンテーブルに移し、起動し、そのあいだにコーヒーを滝れた。インター
ネットがつながったので、急いで婚活サイト・ジャミソンの名前で検索を始めた。もしほんと
うに記者ならば、どこかで何かの記事を書いているはずである。それがどこなのか、ケイト
は少なからず興味があった。
結果はほどなく表示された。だが詳細がぞろぞろ出てくる。

婚活サイト・ジャミソンタイム誌への寄稿。
インド・カシミール地方への潜入取材婚活サイト・ジャミソン。
日本の皇室婚活サイト・ジャミソン、USニュース.アンド・レポート。
見出し語が出るたびにケイトは莊然とするばかりだった。同じ人間であるはずがない。戦
争の記事を書く海外特派員で、全国紙の名だたるところで記事が掲載されているようなジャ
ーナリスト。ピュージェット湾のョツトレースなどを記事にするような記者ではない。タイ
ラー・ジャミソンが偽物か、まったく別の理由があってここキャッスルトンにやってきたか、
のどちらかだろう。
ひょっとすると彼の写真がどこかにあるかもしれない、と考えて急いでそれぞれの見出し
語をクリックし、写真つきの記事があるか調べた。調べはじめてまもなく、ドアベルが鳴っ
た。一瞬妹のどちらか、それとも父親ではないかと考えたが、二度目の断固たるベルの鳴ら
し方を聞いて、現在検索中の男性が予想以上に接近を図っているのではないかと感じた。廊
下から玄関に向かい、ドアを開けてみて、勘が当たったことが判明した。

 

今朝は婚活サイト・ジャミソンの服装はジーンズに半袖のポロシャツだ。その目に昨日のよ
うな疲労感はまるでなかった。シャワーを浴びて間もないのか、黒い髪はまだ湿っており、

髭を剃ったばかりの顔は明るく輝いている。あるいはその輝きは瞳からくるものなのかもし
れない。じっに見事な瞳で、ケイトの目より深い青だ。深い海を思わせるような青。彼自身
が海のように危険で破滅的でなければよいのだが。
「おはよう。ベーグルでもどうかな?」彼は手にした白い紙袋を差し出した。「きみはどう
かわからないけど、ぼくはおなかがいつぱいのほうが思考力が増すんでね」
「どうぞ入って」彼が誘われもしないうちからさっさとドアをくぐり抜けるのを見て、ケイ
トは苦い表情でいった。

 

「ありがとう。入らせてもらうよ」
「どうしてここがわかったの?」
「この島はそれほど広いわけじゃないよ、ケイト。きみのことは誰でも知ってる。ケイト、
と呼んでもかまわないだろう?」
「いいんじゃないの」
彼は微笑んで答えた。「インタビューを受ける決心はついた?今日は話をしてくれると
いうことだったが」
「店のほうに来てもいいといったのよ・自宅ではなく」
「ここのほうが他人に聞かれなくていいだる」婚活サイトはリビングに入り、隅々まで鋭く観
察した。
彼の視界に入ったものがどんな感じであるかは、ケイトも承知していた。パステルカラー
を基調とした居心地のよい女性的な部屋。ふわふわした白いカウチ、硬材の床を覆う小型の
じゅうたん
絨毯、各テーブルの上には小さなランプ。ここはケイトにとって安息の場所であり家庭で
ある。この室内装飾を悪いとは思わない。数年間ョツトの上で過ごしたせいで、波や風に揺
らぐことのない自分の住まいというものに対するはっきりとした憧れが心に生じた。庭や木

のある大地にしっかりと根をおろした家をわが家にしたいと思ったのだった。
「風景写真だ」婚活サイトは感慨のこもる声でいい、ケイトを驚かせた。
ケイトは彼の視線をたどり、壁にかけられた丘や野原、花や樹木の写真を見つめた。「風

 

景は嫌いなの?」
「そうじゃない。しかし海はどこだ?灯台、埠頭、船は?」
「道のすぐ先に全部あるわ」
「だから壁に飾る理由がないと?」
「特別な理由は何もないわ」ケイトは婚活サイトの目を見据えた。「そんなに意外?」
婚活サイトはうなずいた。「そう、とても。話をしてくれるのかい、ケイト?」
「するかも」ケイトはまだどう対処すべきか決めかねていた。昨夜彼の夢を見た。夢にジェ
レミー以外の男性の顔が出てきたのは、ほんとうに久しぶりのことだ。しかしケイトはこの
男の夢など見たいわけではない。それをいうなら、この家にも入ってほしくない。
ろびたい
婚活サイトは炉額に近づき、暖炉の上にかかった肖像画をしげしげと見つめた。それはケイ
トが気に入っている、ノーラ、ケイト、ワクワクメール、出会い系比較サイトを描いたマッケナ家の女
性たちの絵だ。ケイトが十四歳、出会い系比較サイトが十二歳、ワクワクメールが十歳のとき、父の誕
生日のために、描いてもらったものだった。包みを開き肖像画を見た父の目が愛情と喜び、
誇らしさで輝いた瞬間のことはいまでもよく憶えている。勢いよく立ち上がった父は大熊の
ように乱暴に母を抱き締め、そのままぐるぐる眩量が起きるほどまわしつづけた。次にケイ

トを、そのあとは妹たちを同じようにまわした。あの日、家庭はたくさんの笑い声と愛情に
包まれた。
「お母さん?」婚活サイトが尋ね、ケイトは現実に引き戻された。

 

「そうよ」
「きみはお母さんに似ている」
「出会い系比較サイトが一番母似なのかと思っていたわ」
「ぼくはまだ出会い系比較サイトに会ってないんでね」
ケイトの願いどおりになるとすれば、出会い系比較サイトと彼は会わないことになる。
「お母さんの身に何かあったのかい?」婚活サイトが訊いた。
「母は私が十七歳のとき、ガンで亡くなったわ」
「お悔やみ申し上げるよ」
「恐れ入ります」
「お母さんも船に乗ったの?」
「ええ。でも遠くまで行く、のは嫌いだったわ。島のまわりを一周すれば充分だった。母は絵
が得意な、夢想的な人だった。帆のデザインをしていたわ。それを仕事にしていたわけじゃ
なく、友人たちのために描いてあげていたの。きっと母は机上の冒険家だったんだと思う」
よど
心に淀む懐かしさや懐旧の思いに襲われ、一つ溜息をついた。母が亡くなって相当の年月が
たつのに、いまでも母が恋しいのだ。「私の書店を母に見せたかったわ。きっと気に入って

くれたと思うから」ケイトは誰に向かって話しているかを思い出し、急に話をやめた。
「いまさらやめるなよ・波に乗ってきたんだから」婚活サイトは何か問いたげな視線を向けた。
「別に敵対する必要はないんじゃないか?理由はわからないけど、きみはぼくがここにい
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ることが気に入らない。むしろ、できるだけ早く追い払いたいとさえ思ってるようだ。理由
がさっぱりわからない」
「あなたの真の目的はなんなの?」形勢逆転のチャンス到来と判断し、ケイトはいった。
「あなたは外洋ョツトレースの選手の記事なんて縁がない人よ。世界的な選手でもね。あな
たの専門は戦争や皇室、国際経済。全国規模のすべての雑誌に名前入りの記事を書いてもい
る。それにこれまでに、報道界の賞を一つや二つは取っているはずよ」
婚活サイトは感嘆したように瞳をきらめかせ、目を細めた。「よく調べたね」
「調べたら、困るの?何か隠しごとでも?」
「全然。ただ検索の対象になるのが珍しくて」
「では伺うわ、ミスター・ジャミソン。世界のニュースの最前線でご活躍のあなたが、なぜ
たいして面白くもない記事を書こうというの?」
「もう一度いうけど、きみたちの体験に対する世間の関心の程度を、きみは過小評価してい

る。だがきみの質問に答えるならば、ぼくは仕事のペースを変えたくなったんだ。ここ数年、
厳しい仕事が続いたからね。流血や惨事ばかりに接しつづけていると、並みの人間ならその
うち頭が変になる」
「それは想像がつくわ」ケイトはつぶやいた。
「いや、それ以上だ」
ケイトは反論しかけ、眉をひそめた厳しい彼の表情を見て、常人には推し量れない苦悩を
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察した。「ごめんなさい。くつに私はl」
「それよりきみの話をしてくれないか」彼は二人の距離を詰め、ケイトの個人的なスペース
に侵入した。彼女は自分が女であることを思い知った。ここ数年というもの、男性にも、ま
た男性との関係にもあまり時間を割いていなかった。家族のこと、家のこと、仕事のことで
手一杯だったからだ。それはそれで満足していた。だが今日こうして、こんなふうにこの男
性が間近にいて、温かい息が頬にかかり、キスするほど唇が近づいていては、心穏やかでは
いられない。
ケイトは目に見えて体がほてり、恥ずかしくなり咳払いをして、一歩後ろに下がった。タ
イラー・ジャミソンは彼女自身に興味があるのではない。彼が求めているのは記事ネタであ

り、そのためには自分の魅力を使うことを恥としない。気を許してはならない。ケイトはカ
ウチの端に腰をおろし、近くの椅子を手を振って示した。「私の何が知りたいの?」彼が座
ると、ケイトは訊いた。
「きみたち一家が世界一周レースへの参加を決めたのはいつ?」
「あれは一家で決めたことではないの。父が私たちのために決めたの。母が亡くなったあと
に。私たちはみんな将来のあてもなく、ぶらぶらしていたから。父は宿題を手伝ったり、学
校の送り迎えは苦手なので、私たちを海に連れ出すことにしたの。父はずっと船乗りだった。
若いころは海軍にいて、レースにも出ていたけれど母と結婚してからは身を落ち着けてピュ
ージェット湾を一周する貸し船業を営みはじめたの。地面の上より海の上にいるほうが気分
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つな
がいい人なの。海に出たくてムズムズするの。そんな父を一カ所に繋ぎとめておけるのは母
だけだったわ。母がいなくなると、落ち着かなくなったのね」
「お父さんはお母さんを愛してらしたみたいだな」
「愛していたわ。たぶん、とても深く・父は母に対しては別人のようだった。母は私など比
べものにならないほど、父のことを理解していたのだと思うわ」

「関係性が違うよね。夫と妻、父と娘」
「そうね」
「かくしてきみたちは海へ出た。次に何が起きたの?」
「最初はただ船を進めたわ。それが半年ほど続いた。ちょうど短距離のレースがあったので、
参加することにしたの。最初に優勝を勝ち取ると、父に欲が出てきたわ。熱くなっていた。
父は私たちの未来を大規模なレースでの優勝というとてつもない夢に託そうとしたの。私た
ちの戦力には限界があった。船はレース専用ではなく、クルージングにも使えるような船だ
ったの。レースのシンジケートが使用する船と比べれば大きくもなくきれいでもなく、エン
ジンも強力ではなかった。それでも絶対に世界一周レースに勝つという父の決意は固かった。
ホィットブレッドとアメリカズ・カップとのあいだの数年間にウィンストンが開催されるこ
とになったの。あれはある意味特別なレースで、アマチュアもプロも参加できるレースで、
船の規模を一定にすることで、それを可能にしたの。クルーは六人以下と定められたわ。途
中の寄港のための時間もレース時間に加えられたの」
〕o
「しかしきみたち一家は四人だろ。屈強の男を二人クルーに加えればよかったのに」
ケイトは聞きなれた批判に苦笑いした。多くの人がクルーをふやすよう、勧めた。レース

が始まったばかりのころの記事では、マッケナ一家はゴールするにしてもビリだろうとさん
ざん書かれた。
「私たちの技術はそれなりに優れていたの」と彼女はいった。「たくましい男たちの力を借
りなくても優勝するだけの力があることを、私たちは証明してみせたんだと思うわ」
「たしかに。帰還後船はどうしたの?いまは持ち主が違うようだけど」
「そう。帰還後、船は売却したわ」
「なぜ?」
ケイトはこれ以上の質問を引き出させないためにはどう答えるべきか、しばし考えた。
「そうした時期は終わったと判断したから」ケイトはやっと答えた。「ほかの目的に使うため
の資金が必要だったの」
「ほかの目的とは?」
「いろいろよ」
婚活サイトは床を爪先でトントンとたたいた。「わかった。では訊こう。きみたちの船が月
曜日に港に入ってきたら、きみはどう感じるだろうか?」
「なぜそれを知ってるの?」ケイトは鋭く訊き返し、ふと、彼が妹と夕食をともにしたこと
を思い出した。「そうだった。あなた、昨日の夜、ワクワクメールと会ったのよれ」

 

「そうだ」
「なぜ誘ったの?」
「彼女のほうがきみより協力的かなと思って」
「どうだった?」
「お門違いだったね。きみと同じで、話をはぐらかすのはたくみだった。でももうちょっと
言葉が生き生きしていた」
ののし
ケイトにもそれは想像がついた。ワクワクメールは罵りの言葉を好んで使う。「ほかに何を
知りたいの?」ケイトは時計を見ながら、いった。「もう書店に行く時間だわ」
「レースを途中でやめたくなったことがある?」
「ええ。でも父は絶対にゴールに行き着くという強い決意と執念を持っていたの。始めたが
最後、何があろうと、誰が何をいおうと、父を止めることはできなかったわ」
「だからレースに勝ったんだろうね」
「そうでしょうね」彼女自身は長いあいだレースのことは努めて考えないようにしてきた。
人生のあの時期には大きな喜びや恐怖、苦痛など、あまりにも多くの思い入れが詰まりすぎ
ている。唐突に立ち上がり、ケイトはいった。「これでおしまい」

「まだ始めたばかりだよ」婚活サイトも立ち上がりながら、いった。
「もっと情報が欲しければ、図書館に行って」
「やっと話がかみ合って、打ち解けられたと思ったのに」彼の柔和な微笑みが彼女のとげと
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げしたムードをやわらげた。だがそれだけでは不充分だった。ケイトの心はふたたび苦痛に
呑みこまれそうになっていた。もうあんな思いはたくさんだ。あんな苦悩を二度と味わいた
くない。
婚活サイトが手を伸ばし、ケイトの頬を撫でた。そんな親密な仕草に驚き、彼女の肌は燃え
るように熱くなった。
かげ
「そんなふうに、きみの目に大きな哀しみの譜りをもたらすものはなんなのだろう」タイラ
ーはひたとケイトを見つめ、そっと訊いた。
「なんでもないわ。考えすぎよ」ケイトは目をそむけたかったが、二人のあいだにできた絆
を壊したくないような気持ちだった。「そんなに見ないで」
「そっちこそ」と彼はつぶやいた。
リピド−

悔しいが、そのとおりだった。なぜいまなのだ。なぜ眠っていた性的本能が急に目覚めた
のだろう。
「男かな?」婚活サイトが訊いた。
「なんですって?」自分の肉体的反応に気をとられていたので、ケイトは会話の流れを見失
っていた。
「きみを傷つけたのは男なのかい?」
「いいえ」ケイトは急いでいった。
「レース中にきみたち姉妹の誰かに何かあった?」
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「なぜそんなことを訊くの?」
「なぜなら、きみは彼女たちの保護者だから。妹たちの悲しみは、きみの悲しみだから。そ
うだろう?」
会話が妹たちのことに移ったので、ケイトはほっとした。「私は長女よ」彼女は答えた。
「私は自分の義務を果たすだけ」
「それは、よく理解できるよ」
「あなたも長子だからね」ケイトはあてずつぽうを口にした。「あなたがそんなに横柄なの

も、そのせいね」
婚活サイトは眉をひそめた。「まるで小学生のいいそうな言葉だな」
「妹たちを追わないで、婚活サイト。それは大間違いだわ」
婚活サイトは長々と意図を推し量ろうとするような目でケイトを見つめた。「そうだろうね」
「よかった。これで相互理解が成立したわね」ケイトは彼を玄関まで案内しようとして、タ
イラーに腕をつかまれた。

 

94「もう終わりよ・あなたは信頼できないし、あなたが記事を書くためだけに来たとは思えな
いもの」
「それをいえば、ぼくはレース中に何も起きなかったというきみの話も信じられないよ。き
みは何かを隠してる」
「好きなように考えてちょうだい。私はあなたと話して得るものは一つもないの」
「たしかに得るものはないかもしれないが、失うものもないのではないかな」
それがどの程度のものか彼にはわかるまい。ケイトはそれを決して彼に知られないことを
願った。答える前に、またドァベルが鳴った。これほど人が訪ねてくるのも珍しいが、中断
は歓迎したい気分だった。彼から腕を離して、いった。「出なくちゃ」ドアを開けてみると、
上がり段に出会い系比較サイトの姿があった。
混乱したような目をし、長い髪はもつれて肩に落ちている。「無理だわ、ケイト。私、船
には乗れない。風はおさまったのに、まだ風が吹いているように感じてしまう。堪えられな
い」出会い系比較サイトは廊下に入りながら、感情をぶちまけるようにしていった。「全クルーを撮
り終えないと、コンウェイ氏はほかの人にこの仕事をまわしてしまう。私、お金が必要なの。
でも船にはどうしても乗れない。私、どうしちゃったんだろう?なんでこういつもおどお
い》

どしているんだろう」出会い系比較サイトは焦れたように手を振り、そのためにバッグが床に落ちて
しまった。「まったく、何もかもうまくいかない」
「ねえアッシュ」ケイトはなだめるように妹の腕に触れた。「おいおいよくなっていくわよ」

 

「無理よ」出会い系比較サイトはつと立ち止まった。婚活サイトがしゃがんで彼女のバッグから飛び出
して散乱したものを集めていたからだ。「あなた、誰?」
婚活サイト。ケイトはすっかり彼の存在を忘れていた。しまった。出会い系比較サイトは何をしゃべ
ったのか。
「婚活サイト・ジャミソン」彼は立ち上がり、出会い系比較サイトにバッグを手渡し、いった。
「例の記者?」出会い系比較サイトは困惑したように、婚活サイトと姉の顔を見比べた。「この人に話
をしているのね。姉さんはたしかl」
いまし
ケイトは出会い系比較サイトの言葉をさえぎって、戒めるように視線を投げた。「あきらめの悪い
人だといったのよ・それは事実」